*--ありんこDiary--*

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conkoの混沌たる世界Vol.3カオスの真っただ中  2020/08/03(月)
conkoの混沌たる世界Vol.2どちらに合わせればいいの?  2020/08/02(日)
conkoの混沌たる世界Vol.1自分の中の「公」と「私」のギャップ  2020/08/01(土)



conkoの混沌たる世界Vol.3カオスの真っただ中
本当なら夏真っ盛りの、楽しい8月である。
だが、今年に入って以来、人間らしい暮らし方を随分と抑えられてきた。
例のウイルスの感染が甚大になってくるほど、人としての“普通の楽しみ方”に縁を切る形を取ってきた。
専門家や有識者の言葉に耳を向け、政府の言葉に従っているのに、状況は良くなるどころか、悪化の一途である。
そこへ今度はインフルエンザの心配をしないといけないらしい。また更に台風への注意を忘れず、豪雨への心的アラームも消してはいけない。

人と会ってしゃべり、笑い、ふれあいを持てば、結果はクラスター。関わった人たち全員に不安感が走る。
そもそも私たちの暮らしはどういう形であれ、過去には絶対に戻れない。と言う事はかつてのような人付き合いはもうできないのだろうか。
リモートによるオンラインの会合?接客?
生徒はタブレットを使っての講義を教師から受ける?
恋人同士も手をつないだり、はぐしたり、キスしたり画できない?
ならば今後は益々子供が生まれる確率が下がる一方とならないだろうか?

考えれば考えるほど、暗いイメージばかりとなってくる。本当に、この先一体どうなってしまうのだろう。
現在、世界中で新型コロナウイルスに感染した人は1,800万人を超えたそうだ。死亡した数も世界大戦で亡くした数と比べてどうだろうか。
この先、来年、再来年とコロナの脅威が続けば、人口の年齢分布がどうなっていくのだろう。相変わらず高齢者は数多く、若者は激減。子供の数は消え入りそうになっていくのではないか?
これらは全て神のなせる業なのか、あるいは単なる時の流れなのか、運命なのか…。
地球上の大きなうねりの一つであるのなら、人間の努力がどうのこうのとは言うレベルではない。

混沌とした、無秩序の、どうしようもない現状の中、私たちはどうしのいでいけばいいのだろうか。お金のある人だけが、頭のいい人だけが、元気な人だけが生き抜いていける社会なのだろうか。私のような、そうではない人々は残されていくだけなのだろうか。
置いてきぼりを食らわされたかのように。
混沌たる世界。カオスの真っただ中である。
Date: 2020/08/03(月) No.1859


conkoの混沌たる世界Vol.2どちらに合わせればいいの?
先月の四連休が明けてからのコロナの感染数はどんどん増加の一途を辿っている。
各県の知事の判断で企業や商業の自粛や緊急事態宣言に近いものを発令し始めている。
だが、国のトップは相変わらずの「イケイケ政策」を変更しようとはしない。
ならば一般の我々はどちらの方向に合わせて暮らせばいいのだろう。
このままの推移で突っ切ると、いずれは医療従事関係も窮してくるし、営業所も閉鎖したり、倒産したり、益々社会の機能が破壊されていく。

長期にわたる我慢の末、人の精神は病変し、何もかもが壊れていく。
これは何も大げさに言っている訳ではなく、本当の私たちの暮らしの中に見えている景色である。
私の母も、必要最小限の外出で抑えて暮らしている。楽しみとか、夢のような時間は作れない。家の中で工夫して、それらは作り出せるかも知れないが、限界はすぐに来る。

今週の金曜日に私は眼科病院へ行く予約を取ってある。いつもなら、夫の車で病院へ行き、母のエスコートで院内を回っている。
だが、このコロナ騒ぎの最中は高齢の母を同伴させるのには抵抗があったので、夫と二人だけで先回は済ませた。
だが、きっと母と一緒に院内を回ってもらえれば、夫は一人で外へ出ようが、院内の自販機コーナーにいようが自由である。それに私の院内エスコートは慣れていないので、疲れるのだろう。コロナ感染の心配は尽きないが、彼としては母に一緒に行ってもらい、私を任せたいのかも知れない。

全盲だと一人でできる事の限界があり、通院も事業所に依頼して、ガイドヘルパーと一緒に、有償で来るか、一人でがんばって病院まで行くか、である。
後者はもはやできなくなった。白杖歩行訓練で、神経を使い、不安と孤独感に包まれながら病院にたどり着き、またそこから院内を移動する手段を考えないといけない。
そうまでして通院などしたくないが、薬がなくなれば行くしかない。どれだけがんばっても全盲が治るわけではないから、毎回考えてしまう。

だが、私のこんな勝手な思いとは別に、心配してくれる母は、コロナ感染の不安が拭えないまま、病院へ付き合ってもいいと言っている。
「ずっと家にいるので、たまには出かける用事があるといいからね。」と言っている。
母はそう言っておけば、私も気が楽だとわかっているのだ。

コロナ騒ぎの中にいて、それでもプラスになる事があったと言っている人もいるが、確かに人は工夫してより良い方向へつなげていく事もできる。
それは至難の業であろう。
ああ、もう疲れてきた。気を遣い、工夫をして、がんばって暮らしていく事に疲れを感じるようになった。こんなに周囲の人たちに良くしてもらっているのに、疲れを感じる。
皆さんは大丈夫だろうか?
Date: 2020/08/02(日) No.1858


conkoの混沌たる世界Vol.1自分の中の「公」と「私」のギャップ
皆さんはこのタイトルを読まれて、どんな事を思い起こされただろう。
つい先月に自死を選んだ若手俳優を、想起された人も少なくないだろう。
その出来事はネットのニュースで知ったのだが、私は彼を全く知らない。けっこう人気者で、テレビドラマにもいくつか出ているし、歌も歌えるとか。また番組のMCを受け持ったり、旅番組のナビゲーターをこなしたり…。
明るく元気な、好青年らしい。ドラマの撮影中、明日もまだ続くという日に撮影所に出てこなかったので、マネージャーが見に行ったと記事に合ったと思うが、目の当たりにした人はショックを隠せないでいると思う。いつまでも。その場面が目に焼き付いてしまい、振り払っても消えないと思う。

30歳の若さで自らの命を絶つには、それ相当の理由があるはずだ。
彼は、誰の目にもよいイメージしかなさそうである。周囲の関係者のショックも大きく、自分の出演する番組を休んでしまった人もいるらしい。
ドラマだって今後の収録ができない。つまり、多くの人たちが彼の死で困惑しているのだが、ネットのニュースからは一言もクレームや非難めいた言葉が出てこない。
そこまで慕われていたハッピーな彼がどうしてアンハッピーだったのか。誰もわからないだろう。
関係者や専門家、心理学者が分析しても、それはあくまでも憶測である。
本当の事を知っているのは彼のみであろう。
いや、彼自身、本当に死ななくてはならないほどの理由があったのだろうか。もちろん他人には計り知れないほどの苦悩があったのかも知れない。それを彼は一筋も他人には見せなかったのかも知れない。

自分の中に潜む「公」と「私」とのギャップがあったのだろうか。
私は自死を責めたりはしない。無責任だとか、逃げているだけだとか…、とは言いたくない。なぜなら、そういう行動に出るほど、心を痛め、悩んでいるから、自分を瞬間にして見失うのかも知れないではないか。
私も身近に自死を選んだ人を3人知っている。生きていた頃の彼らも知っていた。
だから余計、そこまで苦しんでいたという事が想像できなかったのである。

例え明るく元気でも、その人はそう振舞っているだけかも知れない。
明るさの後ろに潜む「陰」である。私は先月、そのニュースを知ってから、ずっと意識がそこで止まっている。
忙しく動いていても、ふっとそのニュースを思い出し、「どうしてだろう。何があったのだろう。」と考え込んでしまう。
私になど答えは出ないのもわかっているくせに、ふと思い起こしてしまう。
彼の最期の姿も勝手に想像してしまう。
「公」と「私」に入れ替わる「明」と「暗」は誰にも多かれ少なかれあると思うのだが。
いずれにしても、将来を約束されたような素晴らしい役者を亡くした事は実にもったいないと思った。
Date: 2020/08/01(土) No.1857

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。