*--ありんこDiary--*

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conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/13(火)
conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/12(月)
conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/11(日)



conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
駅舎というタイトルからいろんな駅や電車での思い出をあっちこっちとワープしているが、今日はかなり今に近いお話。
全く目が見えなくなってから10年以上になるが、微妙に見えていた頃の方が勘違いや失敗が多かったような気がする。
あれはまだコーラスへ独りで通えた頃。駅員に乗車と下車のサポートを頼まなくても電車への乗り降りはどうにかできていた。
でも途中の移動が不安だったので、団員の一人にサポートをお願いして、到着駅のホームまで来てもらっていた。
その団員は普段は私鉄線を使っていたが、私と一緒の時はJRに乗るようにしてくれた。
行きは問題なく合流できたが、帰りはその人が私が降りる駅より二つ前で降りて行った。
私は車両の中ほどの椅子に座ると出口を探す事が大変なので、その団員が先に降りた時にドアの前に立つようにしていた。
「駅に着いたらちゃんと降りるように気をつけないと。」と常に思いながら立っていたので、ある日、次の駅でドアが開いた時に反射的に降りてしまった。
私は二駅後に降りないといけないのに、一駅先で降りてしまったのだ。

間違いになど全く気付いていなかったのでホームを歩き、エレベーターを探した。そうしているうちにどうも様子が違うぞと思い、急に不安いっぱいになってしまった。
「こりゃいかんぞ。間違えた!」と気づいた時には手遅れだった。
気づいたのがエレベーターのドアの様子がいつもと違っていたから。音声案内の声が違ったので「あれ?」と思ったのだ。なにやってんねん!
仕方なしに、ホームのベンチを探して座った。次の電車を待つしかない。

だいたい一時間に4本走っているので、次は15分後である。
待つだけの15分はメチャクチャ長い。不安感もあるので、また独りっきりだったので余計に長く感じたのだろう。
すると階段を上がって来る足音が聞こえた。きっと次の電車に乗る人に違いなかった。
女性のような人影だったので、その人に訊いてみた。するとその人は優しい声で次の電車が着く時間を教えてくれ、隣に座って話し相手になってくれた。
彼女のおかげでどれだけ気持ちがほっとした事か。
本当にありがたかった。空気は夕暮れの静けさと寒くもない、丁度よい心地だった。遠くで鳥の声がした。
ああ、本来の駅に到着するのがかなり遅くなってしまった。
駅まで車で迎えに来てくれる夫に連絡するのにも勇気がいった。
ガラケイで電話をかけた。
「なんで今まで電話をかけて来なかったんだ!」と随分怒っている声だった。
心配かけちゃったかな。迷惑をかけて、すみません。
後日、この顛末をいつも一緒に行ってくれる団員に話して大笑い!
Date: 2021/04/13(火) No.2171


conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
今日の内容は一気にワープして、32、3年ほど前の出来事である。
娘がまだ保育園に通っていた頃だったと思うが、私と二人で電車に乗って市外のデパートまで買い物に出かけた帰りの事。
国鉄がJRに移行するかどうかの境目にあった頃だと思う。
その駅舎がある市は県庁所在地だけあって、規模も大きく、コンコースも広い。ホームは新幹線を入れると18本くらいはあるだろうか。いや、もっとかな?

その中央コンコースに立ち、帰りの電車の時間を見ようとしていたら見知らぬ人から声をかけられた。何やらキャンペインをやっている最中だそうで、娘を見ながら「可愛いお嬢ちゃんですね。今、丁度録画のキャンペインをしているので、一度撮らせていただけますか?」と言うのだ。
派手な事が大好きな私は即OKで、照れる娘を半ば強引に従わせた。
独りのスタッフが似顔絵を描きながら娘に質問をしていたと記憶している。
そして、「この情景を録画して、それをプレゼントしますので、お家でご覧になって下さい。」と言い、カセットになった一本の録画テープを渡してくれた。
これはいいものをいただいたと大喜びで家に戻り、夫に話した。そしてその録画テープを差し出したら、「これはダメだ。うちのテレビでは見られん。」とさらっと言うではないか!
私にはよくわからないが、データマックスとVHSとの違いらしい。
持ち帰ったのはデータマックスで、我が家のテレビはVHS方式だとか。ふーん?違うの?

楽しみにして来ただけに落胆は大きかった。
訳がわかっていない娘は平気な顔をしていたが。
その時は母の家にもビデオデッキはなかったし。あーあ、残念!
他の誰かに私て「もし見る事ができたら、どんなだったか教えて。」と頼む訳にもいかないし。
残念なままずっと置いてあったその録画テープ。それが今、どこへ行ってしまったかわからなくなっている。
数年前に夫が玄関横の部屋を片付け、いろいろと捨てたり、整理したりしていた。
その頃には私の目も見えなくなっていたので、録画テープのカセットを探す事もできなかった。
あれからずっと行方不明のままである。
今や娘は高校生の息子を持つ母親となっている。確実に過去は消えて行った。
Date: 2021/04/12(月) No.2170


conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
今日のお話は昨日と打って変わって50年前の私。
花も恥じらう女子高生時代の記録である。
これはすでにブログに書いた記事であるが、また思い出して書き直してみた。

当時通っていた学校へは国鉄と地下鉄を利用していた。その頃はまだ国鉄だった。
JRに移行したのは1987年の4月1日からだったそうだ。
それはさておき、部活も終え、少々疲れ気味の学校帰りの私。
国鉄のホームに電車がすでに入っていたので、「やった!座れるぞ!」と思って、疲れたオバサンのように車両に乗り込んだ。
その時はホームに他の乗客がいたのかどうかは覚えていないが、私はちゃっちゃと乗り込んだのだ。勤め人で込み合う時間よりはちょっと早めだったが、なぜ?と思うくらい車内には人が乗っていなかった。
だが私はきっともうすぐ人でいっぱいになるだろうとおもい、周りを注意して見回す事もしなかった。
やおらドアが閉まり、ゆっくりと電車は走り出した。
「あれ?」とは思ったが、それ以上気にもしないでのんびり座っていた。
すると車内放送で「この電車は車庫入りします。」というような内容のアナウンスをするではないか!
「えっ?」と思った時はもう手遅れだった。
広い車内にたった一人だけ乗せた電車が走っていく。車庫に向かって。
その時の私は何とうろたえるでもなく、ハラハラもせず、じっと座ったまま、「どうにかなるさ。」と思っていた。
するとまた、車内放送で「この電車は45分後にまた今の駅に戻ります。」とアナウンスしているではないか。本来車庫入りする電車には乗客などいるはずがないのだから、誰に対するアナウンスなのだろう?と呑気に思っていた。ひょっとして私に??

しばらく呆然としたまま座っていたら、車内清掃のおじさんがごみを入れる籠を引きずりながら前の車両から移動してきた。
「なんでこの電車にこの子は乗ってるんだい?」と思ったのだろうか、私を一瞥しながら、またあまり目を合わさないようにしながら何も言わずに通り過ぎて行った。

その後私は車庫に停車した電車に乗ったまま45分間ぼうっとしているしかなかった。
その間、車両の照明がついていたかどうかはうろ覚えだが、暗くはなかったと記憶している。もし誰も乗っていない電車なら車庫入れしている間は照明は落としていると思う。
だからいいように思えば、私が乗っている車両だけつけたままにしてくれていたのかな。

今のようにガラケイやスマフォがある時代ではなかったので、誰にも連絡できなかったし、できたとしても何を言えばいいのかわからなかったに違いない。
とんでもないドジスケである。
45分間経ってから先ほどの駅に戻ったのだが、ホームには“正しい乗客たち”が沢山列を作って待っていた。
その人たちがドヤドヤと車内に乗り込んできたのだが、たった一人だけすでに座っている女の子をどういう思いで眺めたのだろう。
それは今でも謎である。何ともカッコ悪い思い出である。
家に戻り、帰宅時間がハンパじゃなく遅くなった理由を母に言う時、初めて恥ずかしいと思った。とんでもない大ボケである。
駅舎にまつわる話と言うより、アホにまつわる話になってしまった。どうもオソマツ様。
Date: 2021/04/11(日) No.2169

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。