*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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conkoのほかほかご飯Vol.30コーラスは楽し♪  2019/11/30(土)
conkoのほかほかご飯Vol.29ギターのささやき  2019/11/29(金)
conkoのほかほかご飯Vol.28ああ、これまでも変わってしまったのか  2019/11/28(木)



conkoのほかほかご飯Vol.30コーラスは楽し♪

台風19号の接近を心配し、順延となったコンサートが今日、執り行われた。
10月12日から11月30日へ移行されたミニコンがとある眼科病院で行われ、我々合唱団は31名の、二人の欠席以外は全員参加での演奏会となった。
天気も健やかな秋晴れ。光る青空にクモもなく、素晴らしい日だと母は言っていた。
朝は冷たい風はあったが、私といつもの友人、それに母親とは夫の車で会場まで連れて行ってもらったので、薄着で済んだ。

病院9階の、患者さんの食堂を会場に使わせてもらい、病院のスタッフがテーブルを片付け、椅子を我々用途お客さん用にとを向かい合わせで並べ、食堂は人が一人通れるくらいの隙間ができたくらいの状況となった。
そこで音合わせやリハを済ませ、さて本番。
午後のひと時を45分間。日本の唱歌など6曲、組曲を6曲。そこにはみんなで歌えるものも用意し、会場内で大コーラスとなった。「手のひらを太陽に」。
また「赤とんぼ」や「通りゃんせ」、「ずいずいずっころばし」など。
とても楽しい演奏会となったと思う。入院患者さんたちが病院のスタッフたちと同じ列の椅子に座り、聴いてもらった。
年齢もほぼ我々と変わらない人たちだと思う。スタッフは若い人が多いと、後から母が言っていたが。

私たちの中から3人がそれぞれの近況やコーラスを始めたきっかけなどを話した。
普段の練習ではそこまでできないので、今更にその人なりがわかって感動したりした。
団員はみんな謙虚で遠慮気味である。
自分をアピールしたいような人は少ない。(私はそちらに入っていると思うが)

このミニコンの実施に至るまで、病院の事務局とは何度もメールで確認し合い、細かなものまで頼んだり、かなり手数をかけてしまっている。
それなのに、今日の為に会場の壁には我々合唱団の名前が書かれた横断幕が貼られ、風船もあちこちとかわいらしく飾ってあったと、後から教えてもらった。

団長の挨拶は昨年のとはまた違った味わいでやってみたが、肝心な事を言い忘れた。
昨年に引き続き、私たちをこの病院で歌わせてもらえるチャンスをありがとうと。そして沢山のお手数をかけてすみませんでした、と。
今度はもう少し、若いスタッフでも知っているような曲も入れてもいいなと思った。
来年もどうぞ来てください、と言ってもらえたら、であるが。
歌はやはりよいものだ。大きなホールで聴衆を遠くにして歌うのも、今日のように狭い空間の中で、伝わる歌声を調整しながらの演奏も、共によい。
指導者の的確な教え方が実に効いている。そう思った日だった。
明日もまたみんなで練習が控えている。ほとんどが高齢者の私たちも、はりきってやっている。
歌はよきもの、楽しきものである。
Date: 2019/11/30(土) No.1424

No.1425 きょこちゃん 2019/12/01/19:15:46
温かいミニコンサートの雰囲気が伝わってきました。大成功おめでとうございます!
観客の皆さんは、終わった後もメロディーが頭から離れなかったことでしょう。いつの間にか口ずさんでいらっしゃることでしょう。歌には本当に不思議な魅力がありますものね!
わたしが最近クリスマスソングを口ずさんでいるのは、街で流れていたから…。そう、なんと今日から12月!早いですね〜。
師ならぬ凡人のきょこも、走り出してしまいそう。日頃怠っている掃除etc.頑張らなくては!
年頭に心に決めた目標の一つは実現できそうにありません。来年に持ち越し決定…。

conkoさんは?このブログを欠かさずアップされましたよね!(拍手)素晴らしいことだと思います。継続は力なり!

No.1428 conko 2019/12/01/23:28:09
きょこちゃん、コメントをありがとう!!ヤッパうれしいよ♪
歌ってきましたよ!高齢者のメンバー、まるで老人会の合唱団みたいですが、いや、そのものでしょうが、歌声は若いですよ。力強いというか、若い人にも負けてはいませんね。
でも、声に任せてどなるような歌い方ではダメなんです。
微調整ができるようになったら“ほんまもん”ですね。


conkoのほかほかご飯Vol.29ギターのささやき
ギターのささやき。
このタイトルをあえて考えてみた。ギターの弦が奏でる音色。
私には市内に住む一つ年上の兄がいる。
市内と言っても、かなり遠く離れているので、ふっと会いたいなと思ってもさっとは行けない。ここ何年と兄には会っていない。
もう年金を取得できる年齢、つまり高齢者となっている兄。
たった独りで暮らしている。ずっと。
地域に溶け込んでいるだろうか。ちゃんと暮らしているだろうか。
母に聞いてもあまり詳しくを話したがらない。
母にとってはいくつになっても気がかりな息子なのだ。いや、私の事もそうかも知れないが。
もう私たち全員が高齢者となり、健康への不安、暮らしそのものの不安を抱えている。

兄は、私が10歳で目の手術の為に入院した時、遠方の親類宅に約一か月ほど世話になった経験をしている。
きっと淋しかったと思う。私が退院した後も両親、特に母は私を気づかってくれた。
きっと兄はさらに淋しかったかも知れない。

あまり中のいい兄と妹ではなかった。
兄がギターを弾くようになったのはいくつくらいからだったか忘れたが、最初はひどい雑音だった。それが次第にメロディーとして聴こえるようになり、さらに練習を続けていくうちにどんどん上達していった。
ついには聴きほれるほどになり、あまり好きではなかった兄ではあったが、ギターの音色は素敵だった。
思わず全身を耳にして聴いていた日もあったくらいだ。

何故かしら、今そのギターの音を聴いてみたいと強く思っている。全盲の身となり、音の世界だけが私を支配している環境の中で、心地よい音が欲しいと思っている。
兄が奏でるギターは柔らかく、温かい音色に包まれていた。
フォークギターではなく、クラシックの曲をよく弾いていた。
一番記憶に残っている曲は「アルハンブラの思い出」だ。
まるで指が引きつってしまわないかと心配になるほどの、指の動きが思い浮かぶ曲だ。
メロディーを思い出したくて、youtubeで検索して聴いてみた。音色はもちろん違うが、昔、兄のギターで聴いたものの方が柔らかくて素敵だった。
もう何十年も前の話だから、私の中でイメージを創作しているのかも知れないが、兄のそれはふっと切なくなるような音色だった。

何故だろう。また聴きたくなるなんて。
兄は元気にしているだろうか。電話をかけてみようとも思うが、指が重たくて動かない。
手紙にしようかとも考えたが、手書きはもうできないし、パソコンで打った文字を印刷して封筒に入れるのも、なんだかなあ。
実際に会ったら何が言えるだろう。互いに年を取って、状況もわからない兄と、果たして楽しく笑いながら話せるだろうか。
どこかで私の事をずっと憎からず思ってはいないかと、気になってたまらない。
いつか、勇気を出して電話してみようかな。電話番号はちゃんと知っているから。
受話器の向こうからどんな声が返って来るだろう。静かな落ち着いた声ならばよいが。
あーあ、年を取ったもんだとつくづく思う昨今である。

友達も大切。それと同時に家族も大切である。

皆さん、家族とは仲良くしていますか?
Date: 2019/11/29(金) No.1421

No.1422 せせらぎ 水 2019/11/30/10:07:06
私は弟が中学の時、クラシックギターを習ってて「アルハンブラの思い出」をよく練習してました。3本の指でトレモロを引くんですよね!昨年スペイン旅行でアルハンブラ宮殿に行きました。弟のギター演奏が聞こえてくるようなイスラムとキリスト文化が合体した建物でした。対立しないでこんな風に世界中、仲良くできたら!と思いました。まずは一番小さい単位の家族から仲良くかな?私の弟は横浜に住んでて、定年後またサークルに入ってギター演奏してますよ!会うのは親の法事くらいになりましたが・・・。

No.1423 コバちゃん 2019/11/30/22:34:51
 お久しぶり お兄ちゃんが いるんだ 初耳です
早めに 元気だよと 声を 聴かせて 上げたら。
俺など 兄が 2人もいたが 遠い所に行き

昔の事は 誰にも 語り合えない 寂しさが むなしいです、上の兄は
クラシックのレコードを 聞いていたっけ 下の兄は ハーモニカをやっていたなー 俺は 音楽はダメなんです。

No.1427 conko 2019/12/01/23:23:53
コメントを下さったお二人の方、どうもありがとうございました。メッチャうれしいです。
私は兄と一緒に遊んだという記憶は幼少期のみですね。もっと前の小さな頃は一歳上の兄のおもちゃを平気で奪って悦に行っている妹だったそうです。隣にいる兄はただ泣きじゃくるだけの優しい子だったとか。
そんな兄が弾いたギターの音色は優しく温かいものでした。


conkoのほかほかご飯Vol.28ああ、これまでも変わってしまったのか
今日、朝食後に居間にいた夫が、「あっ!」と声を上げた。
隣の部屋で洗濯物をたたんでいた私は「えっ?どうしたの?」と訊いた。
「(いつもの)回転寿司でシラコが出始めたと。」という返事だった。
新聞の折り込みチラシを見たのだろう、タイムリーな情報だった。
「おお、それはいいじゃない!今日、お昼に行こうよ。」と言い、私はさっさと出かける準備に入った。今日はたまたま、午後からのミッションの友人が風邪を引き、のどが痛むのでとキャンセルを申し出たのだ。
それで時間が空いた私は家事以外、何もする事がなくなって困っていたところだった。
早速その回転寿司へ向かった。オープン時間の11時に入店したからか、お客の数はごった返すほどではなかった。
いつもは順番を待つ客が並んでいるほどなのに。

我々は受付を済ませ、テーブル番号の紙を手にして、指定の椅子まで行った。
すると夫は「あれ?ここの店、寿司が回転しなくなっている。」と言った。
私には状況がわからないので、説明を彼に求めたら、けっこう丁寧に教えてくれた。
夫の説明は以下の通り。

いつもは寿司の皿が運ばれてくるレーンが回っているのに、それがなくなり、各テーブルに注文したものだけが流れてくるシステムに変わったのだ。だから回転しない回転寿司、なのだ。
夫は店の風景がさっぱりしすぎだと言っていた。子供はこの感じだと楽しめないな、とも言っていた。

ふーん、そうなんだね。何だか味気ないな。子供はどんどん流れてくる寿司屋デザートを見ながら、好きな物を自分の手で取る事に喜びを感じるのだと思う。
それが全くない。また新しいシステムだと、間違って他の客がオーダーした寿司皿を取ってしまうトラブルも起きないかも知れない。
それにあまり人気のない皿の寿司はいつまでも回り続けて、仕舞には乾いてしまう。
これは店としても大きなロスとなるから、それも少しは緩和されるかも。

だからコストをかけてリニューアルしたのだろう。
食べ終わって会計を頼んだら、それもシステムが変わり、店員が皿の枚数を数えて集計していたのが、ぱっと合計金額が表示される仕組みとなっていたようだ。
店員はテーブルに来て「ありがとうございました。何か注文しても届かないものはございませんでしたか?」と尋ねてきたので、本当に届かないものが一品あったので、夫はそれを告げたら、店員は謝罪し、その分を消しておくと言い伝え、集計を直した。

ふーん。私は一切の流れを聞きながら、「この店、もういいな。」と思った。
開店しない寿司屋さんなんて想像しただけでもつまらないじゃない。
だが、それはあくまでもconkoばあばの感想である。
中にはこの方が無駄がなくてよいし、客同士の皿の取り間違いがなくなりそうでいいじゃない、と思う人だっているはずだ。
思うのは人それぞれである。

「ふーん。」
そう、率直に思ったconkoであった。
でも、シラコは美味しかったです♪
Date: 2019/11/28(木) No.1420

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。