*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
閲覧はどなたでも出来ます。


conkoの「負の連鎖を断ち切りたい!」  2021/01/25(月)
conkoの「合唱例会中止の日」  2021/01/24(日)
conkoの「すっかり虜になっちゃった」  2021/01/23(土)



conkoの「負の連鎖を断ち切りたい!」
コロナウイルスの話題にどっぷり浸かった今日この頃。どうしようもなく束縛された不快感しかない。だが今日は英会話のレッスン日なので、コロナ感染も気になるが、最大限の注意の下で、参加してきた。
講師はカリフォルニア出身のアメリカ人で、日本に住むようになって、はや15年近くに、いやもっとかな、結構長く暮らしている。
日本語も、かなりわかるらしく、私が隣の生徒と「○○って英語でどう言うんだっけ?」とひそひそやっていても「○○!」とずばりと教えてくれるほどだ。
その先生が熱っぽく語ったのが、今年の7月にオリンピックがやれるといいな!という話であった。正直、ほとんどの日本人は無理だろうと踏んでいるが、先生はあと半年あるのだから、やれなくもない、と言う事だった。
彼は「I'm a positive person!」と豪語しているほど、可能性を信じている。
半年でオリンピックを開催するまでに行けたのならば、経済的な効果も大きく、何よりも世界に対して、我が国の力を見せつける事ができるじゃないか、と言っていた。
もちろん「I'm hoping….」と念を押しての事だが。

でも、本当に彼の言うとおりになれば最高である。
ところが英国の新聞では「日本はオリンピック開催を断念した!」と報道したようではないか。
世界中のアスリートの中でもコロナに感染した人はいると思う。各国からの観客をどうするのか、経済的効果ばかりを望んで、どんどん入国させたら、その分コロナ感染者の数も増えるのではないだろうか。
ましてや、どの国のアスリートたちも練習が十分ではないと思う。
最大限に己の力が出せないのではないだろうか。

これらの状況を全て含めて、オリンピックを実施すべきだろうか。
日本人は懐疑的である。政府やオリンピック委員会のメンバー以外は。
年齢が十分若くて、ずっと先でも参加できるアスリートたちはまだよい。年齢的に今年を逃したら、もうチャンスはないという人もいるはずだ。
だから選手によっても状況が違うのだ。

果たして7月に開催が可能となっても、どうやって観客にアピールするのだ?
実際の会場へ移動させ、目の前での演技を観る事ができればよいが、オンラインでの眺めとなるのなら、単なるテレビ番組と同じになりそうではないか?
難しい課題が山積となっている。
みなさん、どうやってpositiveに持って行けばいいの?
Date: 2021/01/25(月) No.2058


conkoの「合唱例会中止の日」
今日は24日。ずっと以前から、そう、昨年から計画されていたコーラスの集いの日だ。
最初はコロナ感染を気にしながら恒例の、総会・新年会をいつもの食事処で実施する予定だった。ところが会場のある地域での感染者数が軒並み増えて、後を絶たず、我々高齢者と視覚障害者との混合グループにとって、危険極まりない集いとなりそうだったので、総会は今後の運営において必要ではあるが、また団長の判断も必要となってしまった。
指導者や執行部と話し合い、結論を出した。「中止」と。

当初の予定では先に総会を済ませ、その後に新年会を行なう手はずだった。いつものように。
それが難しいという事で、その食事処をキャンセルし、いつも歌の練習に使用する会館を借りる事にして、午前を歌の練習に、午後を総会にする事にした。
だが、それすらも危険となり、話し合いの結果、すべてを中止としたのだ。
どういう形に納めようと、後悔は残る。本当にこの判断でよかったのだろうかと。

メルアドのある団員には一斉送信し、それ以外はパートリーダーの人に電話連絡を頼んでおいた。いつもお任せにしてしまい、申訳ない。
誰一人、この判断を悪く言う人がいないので、助かる。
だが、この分ではいつ落ち着いて練習ができるのか、わかったものではない。
もちろん、この点においてはどの団体も同じである。
みんな迷いながら、先へと進んで行くしかないのだ。

早くみんなと会いたい。思う存分、歌の練習をしたい。みんなとお茶を楽しみたい。
まだ3、4年はこういう状態が続くかも知れないと、テレビの向こうの人たちが言っていた。私たちにとって、練習ができないという事は、指導者やピアノの先生への謝礼が支払えないのだ。昨年は9回も練習ができなかった。その分の謝礼も渡せていないのだ。
いくらコロナのせいだとは言え、リスクを気にしながら会場まで足を運んでもらっている事には感謝しかないのだ。だからこの現状が申し訳なくてたまらない。

まだ巣ごもり状態は続くのか。のんびりできてよいが、飽きてくる。
政府の通達を受けて、客が激減し、その為に倒産したり、閉鎖を余儀なくされている人たちはもっと大変なのだが。また、コロナに感染しながら入院もできずに、自宅待機させられている人たちも、命がけである。
みんな、みんな大変なのだ。
のん気に夢など語っていられないのだ。
明日はまたやって来る。
Date: 2021/01/24(日) No.2057


conkoの「すっかり虜になっちゃった」
なぜなんだろう。こんなに夢中になれるほど面白い。
何がって、今聞いているデイジー図書のお話。
と言っても「お家さん」の下巻に入ったのだが、途中でネットで調べた結果、また人からも聞いた話で、この商社は大繁栄を見せた挙句に消えてしまう運命にあるので、話を聞き進めて行くのが怖いのだ。一生懸命生きている、愛しいまでの登場人物たちが大変な目に合う場面に出会いたくないのだ。だから、虜になるくらい面白いが内容は極めてオロオロする場面に移っている。しかし歴史は変えられない。そこに存在した人たちの運命も変える事はできないのだ。だから辛い場面も聞き進んでいかないといけない。
今、“米騒動”で店舗や家が焼き討ちに会ってその後をしのいでいる場面を聞いている。
ここで誰にも死んでほしくない!と思いながら先へと聞き進んでいる。
と同時に私はその場面を、まるで見ているように頭の中で描いているのだ。
緊張しながら屋根の上を歩いて安全な場所まで逃げて行く「よね」の姿も浮かんでくる。闇夜を焦がすような紅蓮の炎も見える。
こんな読書の仕方って、おかしいだろうか。もっとサラリと聞いていけばよいのに、完璧に中に入り込んでいる。
だから夫はそんな私を「アホかお前は。」とよく言うのだ。
店を大繁盛させた大番頭の人生にも興味が湧き、その彼と関わった人たちにも強い関心を覚えた。本当にこういう人たちは存在したのだろうか。著者の想像人物なのだろうか、とかああだこうだと気をもみながら読んでいる。
彼らが、ストーリーとして実に巧みに盛り上げさせているからだ。

この本のおかげで、歴史も、その時の政府の良し悪しも、経済的な状況も推察できる。
本当に面白い作品だと思う。
昔、学校の「社会」や「歴史」の時間に習ったものでは味わえなかった事が、書籍からは詳しく学び取れるのだ。
人は長い歴史を過ごしていくうちに人間としての気質を変化させてきた。
戦争鹿できない時代と、他者への思いやりができるようになった今とでは、人間の気質は大いに変化があると思う。ある意味、成長してきたと思う。
登場人物たちは日本人気質として、周りを気にして、よりよい環境を作るには、と瞬時にひらめかせている。基本的には現在もそれらは必要斯くあるべきと。
作品と言うより、真実に近いドキュメントであって欲しい。いつもそう思ってしまう。
だからそれに対しても夫が「アホかお前は。」と言うのだ。
彼の気持ちもわかる。一つの作品として捉え、登場人物にも寛容に受け入れ、ドラマとして楽しめばいいのだ。
…それが、どうしても深堀してしまう。そういう私自身はとても楽しんでいるのだ。
困ったもんだね。
Date: 2021/01/23(土) No.2056

現行ログ/ [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27]
キーワードスペースで区切って複数指定可能 OR  AND
返信した方が修正・削除する場合(またはタグを効かせたい場合)
No. PASS

**HOME**
046125
[TOP] [LIST]
shiromuku(pl)DIARY version 2.70
このプログラムは上記のCGIを改造したものです。