*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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conkoのほかほかご飯Vol.6 e-mailは安心?  2019/11/06(水)
conkoのほかほかご飯Vol.5恋心は焼き心?  2019/11/05(火)
conkoのほかほかご飯Vol.4「いただきまーす!」  2019/11/04(月)



conkoのほかほかご飯Vol.6 e-mailは安心?
私たち視覚障害者にとって、情報を得る手段はいろいろと大変な工夫を必要とする。
代表的なものに点字がある。だがそれは読めなければただのツブツブである。
電話や人からの生の声もよい情報源となる。
目の前にいる人とは会話をすれば大丈夫だが、遠くに離れている人との対話は手紙か電報がある。
だが私たちは手紙は書けない。読む事もできない。
そこに現れたのが、とてつもなく便利なe-mailである。
パソコンや携帯電話を使ってのメール送信は、電話とは違い、時間の束縛もなく、送っておけばいつでも読んでもらえる。
スマフォが登場してからはもっと便利になり、ラインやツイッターで思いのたけをぶつけている。
残念な事に、私はまだその方法は使えないままでいる。唯一の携帯ではメールやショートメッセージは遅れるので、いろいろな情報を送受信して、あらゆる人たちと連絡の授受をしている。それで充分である。今のところは。

ただ最近、ちょっと困った事が起きている。
パソコンや携帯からメールを送信し、近況報告や重要な連絡事項を伝えているのだが、時どき未配信のメールがあるようで、相手に届いていないのだ。
この現象はずっと以前からあったものの、さほど困ってはいなかった。…と思う。

ところが先の台風19号で合唱団の発表が危ぶまれた時、団員に対し、私はミニコンの中止報告を一斉送信したのだ。そしてメルアドがない人にはパートリーダーに連絡を入れてもらうように、対象となる人の名前を伝えておき、ほぼ完璧と思ったのだが、当日一人だけ会場に出向いてしまった。
それがわかってからのショックは大きく、いつまでも尾を引いて、「私の連絡ミスで悪い事をした。」と思い続けている。
後日、指導者と話した結果、たまたまその時はメールを送った人は全員わかってもらえたが、メールを送っても届かない場合もあるので、安心はできない、と言われた。
その通りだと思い、人への連絡は簡単ではないなと実感したのだった。

そして今日は今日で、私は水曜英会話のレッスンを中止として、市内の小学校へ福祉実践教室へ出向いていた。
英会話のメンバーにはメールで伝えておいた。それで大丈夫と安心しきっていた。
ところが家に戻り、電源を切ってあった携帯に命を吹き入れた途端、受信メールに気づいた。今日の英会話のメンバーからだった。遅れるが行くから、という内容だった。そして私の家に来てから留守とわかり、帰って行ったのだ。
またしても悪い事をした。みんなにちゃんとメールで知らせたのだが、返信がない人にも「きっと見てもらえるから大丈夫。」と思い込み、それ以上のアクションは起こさなかった。昨日、電話を入れておけばそんな事にはならなかっただろうに。
今後の事を考えると、連絡を入れ、それが相手にちゃんと伝わっているかどうかも、確かめる必要があるなとつくづく思った。
一方通行のメールでは何の意味もない。

これからはもっとおおきな台風や地震が起きるかも知れない。それが丁度、合唱の練習や発表の日に当たるかも知れないし、英会話のみんなに伝える必要が出てくるかも知れないのだ。もっとよいアイデアを早急に考えないといけないな。
結論として、メールは安心できない、という事だ。
Date: 2019/11/06(水) No.1395


conkoのほかほかご飯Vol.5恋心は焼き心?
今日は火曜日。パソコン勉強会に行ってきた。
いつものように、学びとアフタークラスの安らぎと刺激をもらって帰路に着いた。
送迎ボラさんとの会話の中で、彼が運転しながら出す話題はいつも興味深く、所要時間の20分〜30分の間があっという間に過ぎて行く。
今日、いろいろと話をした中で一番印象に残っているのが、彼が結婚する前に、今の女房殿と付き合っていた頃、一度大勢での食事会を計画したそうだ。
すると、大勢の友人仲間と一緒が面白くなかったのか、ずっと機嫌が悪く、彼にはそれが全く理解できなかったという。
宴もたけなわになった頃には機嫌も最高潮だったので、ほっとしたそうだ。

私はそれを聞きながら「きっと自分一人だけと会ってくれなかったので、彼の友人たちに焼きもちを焼いたのじゃないかな。」と私は言った。

まあ、私もとてもわかったような口の利き方をしたものだ。
だが、確かに女心は嫉妬に燃えやすいと思う。
男と女とは根本的に違うのだから、彼がその女性の気持ちがわからなくても仕方ないのではないだろうか。
そう言えば、私も昔、若気の至りでとんでもない行動に出た事を思い出した。
夫と付き合っていた頃、彼が夕食に誘ってくれた。彼がよく行く居酒屋で、カウンター席に座った。
その後に何人かの客が入店し、けっこうにぎわった。
たまたま夫の隣に若い女性が座り、酒が進んだのか互いにしゃべり始めた。
楽しそうに笑顔を交えて。
夫は私といる時はほとんど無口で、黙っている。だから退屈なのか、楽しんでいるのかもわかりにくい。
時々カウンター内のママと話したりはするが、私には単語で伝達するくらいなのだ。
だんだんと腹が立ってきて、涙がボロボロこぼれ落ちたのを覚えている。
そして私の口からは「ごめん。私先に帰るね。」と言って店を出てしまった。
その時はまだ今よりは目が使えたので、電車で帰ればいいやと思ったのだ。
あわてて後から追いかけてきた(今の)夫は突然の私の行動に理解できないらしく、淋しがっている私を慰めるどころか、怒っていた。
帰りの道中は互いに全く口を利かなかった。

今思うと、これは私の焼きもちなのだろうな。
あーあ、女ってのはどうしようもない生き物だねえ。なんちゃって、女である私が言ってどうなるんだい?

あれから数十年!もはや嫉妬もジェラシーも感じなくなった私。感性が乾ききってしまったのかも知れないな。
もし“潤いスプレー”なんてものがあれば、自分の乾いた心に吹きかけるんだけど。
…ないだろうね。
Date: 2019/11/05(火) No.1394


conkoのほかほかご飯Vol.4「いただきまーす!」

昔から日本人は、躾に厳しい人種だと私は思っている。もちろん時代に寄って、少しずつ変わっているだろうし、また個人差が大きく影響して、躾にはさほど頓着なく暮らしている人たちもいる。

我が家は、いわば常識程度の躾はしてもらったと思う。
だが、物を扱う時の手つきは器用、不器用によって大きく差が出てくるのではないだろうか。

いったい何を言いたいのか?
実は私はいい年をしてお箸の使い方が全くなっていないのだ。ヘタクソと言うか、まともに使えない。だから外で、友人や知人と共に食事をする際、本当に恥ずかしい。
加えて目が見えないので、手をよく使って食べている。
だから、その姿を見たら100年の恋も冷めると確信している。

だが、美味しくいただく精神は健康である。好き嫌いも少ない。
食べるものはどれもが美味しく感じられる。
もちろん、味が濃すぎるのは好きではないし、また極端に味が薄いのも食べたくはない。

私はいつもありがたく、「いただきます!」と声を出してから食べている。
そう言えば、この「いただきます」は英語圏での暮らしには見られない。
昔、母が教えてくれた事は、「この食事に使ったお米や野菜を作ってくれたお百姓さんに感謝する為に言うんだよ。」というものだった。
私は長い事ずっと母の言葉を信じていた。それがだんだんと年齢を増すにつれ、それだけではない事もわかった。
人の命を長らえる為に殺された動物たちへの感謝と謝罪を込めて、「あなたの命をいただきます。」と言うのだとわかった。
人間は本当に勝手な動物で、自分たちの命を守る為に、それ以外の動物の命を食べてきたのだ。
自然界には食物連鎖というものがある事は知っている。だが、最低限の食料として他の命を捕食している動物はまだ大丈夫だが、人は趣味や娯楽で、人以外の命をも奪っているのだ。人間が一番偉くて、勝手に人間以外の命を捕食していいと誰が決めた事なのだろう?
それらも含めての「いただきます。」なのかも知れない。

もうすぐ夕飯時である。キッチンからは夫が煮込んでいる、野菜のいい香りが立ち込めている。
今夜も「いただきまーす!」と行こうか!
我が家の場合は夫への感謝も込めての「いただきます!」である。
Date: 2019/11/04(月) No.1392

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。