*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
閲覧はどなたでも出来ます。


conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.27涼風に押されて歩行訓練  2019/09/27(金)
conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.26まだ5歳だった私  2019/09/26(木)
conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.25胃痛  2019/09/25(水)



conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.27涼風に押されて歩行訓練
今日は白杖歩行訓練の実施日である。
酷暑の夏を避けて、9月から講師に依頼をしたのだが、期待に反し、今月も十分暑い。
そんな中、次第に朝夕に涼風を感じるようになったので、今日こそ大丈夫と思った。

行きはよいよい、帰りはこわい。
こわいながらも訓練コースを往復してきた。
午前10時から始めて、行きは北向きに歩いて行くので、さほど暑さも感じなかった。
だが、帰りはバッチリ南向き。時間も11時を過ぎていたので、太陽の日差しをまともに受け、汗でぐっしょりとなった。
加えて歩いている途中でもいろいろとあって、冷や汗、脂汗をたんまりかいた。
いつものコース、JR駅までの道のりを往復したのだが、久しぶりだったし、正直普段は夫の車に甘えているので、途中で何度も先生からの「もっと右へ行った方がいいですよ。」などという注意を受けた。
つい反対の方向へ流れていくらしく、線路沿いを歩く時は道路とフェンスの二点突きで進まないといけないのに、気がつくと片方だけを突いているのだ。だから体が斜めになっている事を照明されたのと同じだった。これは私の悪い癖である。
そして駅近くのATMまで進んだ時、たまたまそこに止めてあった自転車を私の杖が触って、倒してしまった。
自転車の持ち主はATMの用事を済ませて出てきたところだった。私はすぐに謝り、その場を離れた。背中に心地悪い汗がじっとり。

駅舎に着くと、そこには近所の保育園の子供たちが電車を見に来ていた。
私は人の気配を感じるとたちまちに緊張してしまい、彼らのそばで立ち止まった。
講師は「声をかければいいんですよ。」と言うが、私は彼らの邪魔となりたくないので、できれば彼らの後ろ側を通りたいのだ。
彼は私の気持ちをわかってくれて、いつもとは違う進み方を教えてくれた。
ああ、これで安心。それからエレベーターのボタンを手探りで探し、階上へ行った。
そこにも人は沢山いるような気配がした。
なにせ駅である。電車が入るのだから、人も沢山出入りはある。
一人で歩行する場合、それらの気配を感じつつ、ぶつからないように進むのは簡単ではない。
きっと中には声をかけてくれる人もいるかも知れない。だが駅はほとんどの人が急いでいると思う。
それに「いい人」ばかりではないかも知れないし。
ああ、また私の心配性が顔を出した。
ブツブツ言っている私にきっと講師は「もう、うるさいんだから。そんなに気にしなくても大丈夫って言ってるでしょ?」と心中でささやいていると思う。
どうもすみませんです。
そして太陽が笑っている南に向かって帰路を進んだ。
私のネックである駅の派出所の周りも少しは慣れてきたような気がする。
こうしてノロノロではあるが、私の白杖歩行訓練は続いて行くのだ。
Date: 2019/09/27(金) No.1350


conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.26まだ5歳だった私
まだ5歳だった私。と言うか、もうすぐ5歳になる子供だった秋の日の事。
60年前の今日、9月26日は母の背中で心臓をバクバクさせていた。
伊勢湾台風が日本列島を震撼させた日である。
多くの死傷者を出し、家やあらゆる建物を破壊し、川を狂わせ、浮かべてあった木材が暴れだし、それがさらに被害を大きくして行った。
我が家はその大きな被害からは外れてはいたが、家は傾き、風呂場は壊れ、窓ガラスは割れて飛散した。
父は仕事の都合で遠方に単身赴任していたので、25歳の母が二人の子供を連れて別の家に避難しようと試みた。だが、暴風雨の音で母が戸を叩く音など簡単にかき消され、母は何軒もの家を回った。何軒目かで戸を開けて中に引き入れてもらえた私たちはやっと安堵の色を見せ、遅い時間にも関わらず、その家の家族と共に身を寄せ合って夜を過ごした。
私と兄、その家の子供たちは寝かせてもらえたと思うが、親たちはずっと寝ないで起きていたと思う。

翌朝、台風は去って行ったが、未だに風は残っていた。
その家族に礼を言い、母と私たちは自分の家に戻った。
そして前述した様を見せている我が家を目にしたのである。
若い母はどれだけのショックを受けたであろうか。自分の夫がいない家を守り、子供を避難させ、本当に大変だったと思う。
家の台所には食べ物が蓄えてあったのかどうか、私の記憶にはないが、母は今でも台風の時期に入ると、必ず米を買っておく。
やはりあの時に不自由な思いをしたのかも知れない。
単身赴任から一時帰宅した父は壊れた家を素人ながらに直した。転がって行った風呂桶を元の位置に戻し、風呂場の屋根をトタン板で応急処置を施した。
強風で傾いた家の一方の壁に、何本かの柱のような木を斜めに立てかけ、家を元の向きに直した。
そうやってどうにか住める家にして、また赴任地へ戻って行った。
その後の家は、もしテーブルに水をこぼすと、必ず一方方向へ流れていった。つまり、家は完璧には直らなかったのだ。

私にとって、記憶に不快その家も、父ももうこの世にはいない。60年と言う歳月が大きく変化させていったのだ。
台風で傾いた家も建て直しをして、私はそこから結婚して別の家に行き、アパートで夫と3年暮らした。その後に今住んでいるマンションへ引っ越してきたのだ。夫と一人の赤ん坊と。
そして今はじいさんとなった夫と、ばあさんになった私と二人で暮らしている。娘は我らの孫ボクと遠方で二人で暮らしている。
母は家にずっと一人暮らし。兄も市内ではあるが、別の家で暮らしている。
実に長い月日が経ったものだ。
あらゆる環境が変わっていった。
ただ、絶対に変わらないものもある。それは人を思う心。人を愛する気持ち。
遠く離れて暮らしているからこそ、その思いは強く、深い。ふと会いたいと何度も思う。
彼らには直に会えるし、SNSを通して、または電話でも話ができる。
父にも会いたいと思う。あの傾いた家にも足を踏み入れてみたいと思ったりもする。
だが彼らにはSNSは使えない。遠く記憶の中にしまい込んであるだけだ。
人に思いを馳せるという事はなぜか胸がキュンとなってくる。こんなばあばになっても。
ああ、父と電話で話をしてみたい。ふとそう思った。
Date: 2019/09/26(木) No.1347

No.1348 コバちゃん 2019/09/26/23:40:36
伊勢湾台風 俺が16の時だった conkoの所より北でしたので
少し風も弱かったか それでも家が グラグラ 揺れ怖かった

父も母も丈夫ではなかったが、頼りにはなったのだなー
今おもいだせば 家も相当 いたんだが 親がいると 心強かった。

60年もたつと 子供達 伊勢湾台風 会話にも ならないです。
今は 家のつくりも しっかりしていて

往時の家は やぐかったのか 俺も台風が終わり 屋根 壁 が崩れた
父親と 修理におおわらわ それでもみな若かった。

父もいま生きておれば 120歳を超えたろうか。


No.1352 conko 2019/09/27/16:18:38
こばちゃん、こんにちは。やはり大きな自然災害の被害を受けると、ずっと記憶の底に残るもんだね。
あの時の空気感も覚えています。


conkoの「秋の日のビオロン」トークVol.25胃痛
何だか最近やたらと胃が痛む。
きっと神経的なものだと思ってきた。特に治療に出向く訳でもなく、様子を見ながら、と言うより放っておいた。
別に腐ったものを食べたわけでもなく、美味しいと思いながら食べ終わり、しばらくすると胃が痛むのだ。
出先で食事を済ませた時はほとんど大丈夫なのだが、家で私が作った朝食の後にキリキリときたり、夫が作ってくれる夕食の後に痛くなったりする。
すぐにトイレに駆け込む事もある。
家にある胃腸薬を飲めば大体はおさまっている。
だからいちいち病院に行こうとは思わない。行けば一度では済まないし、何度も行っては検査に継ぐ検査だろう。だから気がすすまない。

そうやって今迄はどうにかやり過ごしてきたが、ここ二、三日の間は他の事が手につかないくらい痛みに集中するほどとなっている。
しばらくじっとしていながら痛みに耐えていると、次第に収まってくるのだ。なぜそうなうるのかわからないが、最近はそんなパターンとなっている。
だからもういいや、と思っている。

私の親類にはアレルギー体質の人が結構いて、“食べられないもの”をちゃんと
心得て、自分なりに調べては、食べられないものリストをきちんと作っている人がいる。
その点、私は何も気にせず、調べようともしない。
自分の健康管理は生きている以上、必要である。それもわかっている。だがだんだんと、「もういいか。」という心境になってきているのは否めない。
ただ中身よりも量が沢山は食べられなくなってきた。
夫が作る食事はどうしても多めになるようで、何度か少なめにして欲しい、と伝えているのだが、なかなか思うようにはいかない。
作ってもらっているのに文句を言ってはバチが当たると思うので、つい出された量は食べてしまう。この繰り返しで、また日ごろの運動不足とほぼ毎晩の飲酒で、私の体重は右肩上がりの一途をたどっているのだ。
それと食後に起きる胃痛とは関係ないのか、あるのか。よくわからない。

Date: 2019/09/25(水) No.1346

No.1349 長谷川 義高 2019/09/27/14:15:42
私も同じ
今悩んでいます。逆流性
食道炎とのこと。もう半年不快感が継続しています。

No.1351 conko 2019/09/27/16:15:55
いつもお世話になっております“お父さん”。いつまでもお元気でいて下さいよ!頼みます。

現行ログ/ [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27]
キーワードスペースで区切って複数指定可能 OR  AND
返信した方が修正・削除する場合(またはタグを効かせたい場合)
No. PASS

**HOME**
033402
[TOP] [LIST]
shiromuku(pl)DIARY version 2.70
このプログラムは上記のCGIを改造したものです。