*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/19(月)
conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/18(日)
conkoのセピアメモリーズ「駅舎」  2021/04/17(土)



conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
ずっと前、まだ目が見えていた頃の話。
通学に使っていた電車。私は最後部車両に乗って、車掌室の透明ガラスの奥をじっと見ている事が大好きだった。今走り出したばかりの駅がどんどん遠くなり、線路もどんどん前方へと小さくなっていく。隣の線路を爆走する電車とすれ違う時の感覚もエキサイティングで大好きだった。
両サイドの景色もどんどん前方へと遠ざかって行き、次の駅へ到着する。
この繰り返しを何度か過ごして、私の下車駅に到着するのだ。
私はほとんど車掌室のガラスに顔をくっつけるくらいにして遠ざかっていく風景を見ていた。きっとぼうっとした目つきで見ていたと思う。それを勤務中の車掌は駅に止まるたびに右へ左へとホームの位置が変わるので動き続けている。そんな彼がどう思っただろう。もちろんこれは、私の自意識過剰な考え方だが、ガラスに貼りついて動こうとしない女子学生は奇異に見えたのではないだろうか。うっとおしかっただろうな。
自分の世界に浸り込んでいた私は、おかしなヤツに映っていたかも知れない。

景色やホームの人たちがどんどん小さくなっていく。
またある時は先頭車両に乗って、先ほどの真逆を体験する。
実に面白い。飽きる事無く見続けていた。
夕暮れだと空の色も変わっていく。西に傾く太陽をずっと追う事もできた。またもう少し遅い時間には東から出る月がほぼ真横にあって、それもずっと一緒に付いてきた。大きくて赤い満月の時もあった。
通学も通勤も私はたった独りだけで電車を使っていたので、“まるっと私だけの世界”を楽しむ事ができた。独りぼっちだと淋しかったり、つまらなかったりもするが、乗車の15分間は丁度よい長さだった。
ああ、これもまた二度と戻らない、私のセピアメモリーズである。
Date: 2021/04/19(月) No.2177


conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
今日の話はどれくらい前の事かは覚えていない。勤めていた頃だったか、結婚してからの事だったか。ただ言える事は、結構間抜けな事をやっているから、それほど若い頃の話ではないと思う。…と信じたい。

帰りの電車を待つホームでの事。
到着時間が来るまでホームに設えてあるベンチに座っていた。すぐ目当ての電車が入って来たので、立ち上がって他の乗客の列に着いた。
電車に乗り込み、座席が空いていたので、座った。たまたまホーム側の座席を見つけた。
しばらくしたら、外から窓をたたいて何かを言おうとしている人がいる。
私の顔を見ながら何かを訴えようとしている。手にはレジ袋みたいなものを持ち、それを上下させて「これをよく見ろよ。」と言わんばかりだった。
うわっ!あれは私が先ほど買い物をした店で品物を入れてもらった袋ではないか!何やっとるんじゃ、私は!
慌ててドアの方へ行き、その人(気のよさそうなおじさん)から袋を受け取った。
そのおじさんは私が乗っている電車には乗らないようだった。

「すみません!私のです。ごめんなさい!!」と私は発車ベルに負けないくらいの大きな声でその人に伝えた。
その人もほっとしたような顔で下がって行った。
うんまあ、本当にとんでもないドジだわ。でもよくあの人、私の荷物だってわかっていたな。きっと近くで座っていて私の様子をたまたま見ていたのかも知れない。
本当にありがたかった。ホームのベンチに座っていた時、その荷物を自分のすぐ横に置いたのだが、立ち上がる時にはすっかり忘れていたのだ。このアンポンタンが。
今ではまったく見えない目となった私だが、あの時の必死な様子のおじさんの姿はしっかりと記憶に残っている。
目が見えていた頃でも、今よりも若かった時でも、すでにアンポンタンなドジをやっていたのだ。この私は!
これからはそれが益々研ぎ澄まされていくのだろうか。おお、こわっ!
Date: 2021/04/18(日) No.2176


conkoのセピアメモリーズ「駅舎」
またまた女子高時代の私にワープ!
朝の通学の途中、下車駅で降りる準備に入った時、ふわーんとめまいを起こしたような、奇妙な状態になり、電車のドアの前に並んでいる乗客の背中にもたれ込んでしまった。
その人は中年のおじさんだったが、急に女子高生が背中にしだれかかってきたものだから、気味悪がってか、私を振るい落とそうとして肩を揺らした。
私ははっとして、その人に向かい、「すみません。ちょっとめまいがして…。」と言いながらフラツいて電車を降りた。
そしてホームのベンチに座り、少し落ち着いたのでキヨスクの公衆電話で母に状況を伝えた。「ごめん。急に気分が悪くなったので、駅で休んでいるから迎えに来てくれる?」と言って電話を切った。
だが、いくら待っても母は来なかった。私はとにかく駅のコンコースに隣接された大きな待合室に行き、座って待っていた。
結局母は来なかったが、しばらくすると具合もよくなったので、下り電車に乗って家に戻った。

家では母がソファーに横になっているではないか。
「おかあさん、どうしたの!」と思わず私は大きな声を出してしまった。
「あんた、どこで待っていたの?」と母。
つまり母は、私が家のそばの駅まで戻って来てから電話をしたと思ったらしく、まさかあちらの下車駅で待っていたとはみじんも思わなかったそうだ。
母は心配し過ぎて疲れてしまい、気分も悪くなったと言っていた。
伝え方がヘタクソだったから、母には申し訳ない事をしてしまった。
あんな中途半端な伝え方では、誰が聞いてもそこへはたどり着けなかったかも知れない。
今のようにガラケイやスマフォがある訳ではないから、確認も取れなかったのだ。
学校へは欠席の連絡をしたが、一日中気分は冴えなかった。
翌日は普通に学校へ行ったが。
あの日の体の不調の原因はよくわからないが、制服は冬用だったので、たぶん車内の暖房にあたってしまったのかも知れない。

こうして駅や電車にまつわる話を思い出すと、過去から現在を旅しているような気がしてきて、不思議な感覚になる。
Date: 2021/04/17(土) No.2175

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。