*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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conkoのオクトーバーポエムVol.18文化継承の大切さ  2019/10/19(土)
conkoのオクトーバーポエムVol.17今日からブログは一休み  2019/10/17(木)
conkoのオクトーバーポエムVol.16生きていく義務?  2019/10/16(水)



conkoのオクトーバーポエムVol.18文化継承の大切さ
私たちが毎年訪れている地域での「どぶろく祭り」は、近隣地区ではかなり有名な祭りとなっている。その村を三つの地区に分け、各神社で執り行われる神事である。
古くから伝えられている、その祭りのいわれを各地区の神社で詳しく説明されるのだが、毎年聞いているくせに細かな点は覚えていない。

何しろ村中でどぶろくという酒を造り、神社に奉納し、村人や観光客にふるまうのだ。
神輿も出て、「百足獅子」の舞も奉納され、辻々でも獅子舞が見られる。
毎年出かけては毎年同じ獅子舞を見て歩き、神社でのどぶろく酒のふるまいを受けて帰ってくる。
それだけのことを通算40年続けた。夫が現役で働いていた時は行けなかったが、土、日にあたった場合、ほとんど必ず出かけていた。
夫も私も、そのふるまい酒を何杯飲んだか、覚えていないほど。
こうして決まって、10月のこの日が近づくと夫も私も、当たり前のように夫の姉の家に出かけている。

今年になってしみじみと感じた事は、みんな揃って年を取ったなという事だった。
姉のダンナさんも80近くになり、酒造りの行程や、できてからの運搬や管理がだんだんときつくなってきたという。
後継者もなかなか根付かず、この先どうなっていくのだろう、と案じられるのだ。これは村全体に言える事で、神輿や獅子舞を担っていく人数が年々減少していると聞いた。
その村には保育園もある。だが、子供の数は決して多くはない。

今年もできがよかったというどぶろくをたっぷりと味わいながら、私はふっとこれからが心配になった。
村も、義姉家族も、そして集まってくる親類たちも、この先、いつまで続けて行けるのだろうか。
たった我々家族や親類の間だけでも、40年という長さに懐かしさだけではない、いろいろな事を考えさせられた。


今回は二日分をお届けします。

conkoのオクトーバーポエムVol.19ドタバタで終わった旅だった

義姉の家には17日、18日と二晩泊めてもらい、姉夫婦の畑の作物の料理を美味しく食べさせてもらい、全員で9人(いつもはその二倍くらい)揃った食卓はたいそうにぎやかで、楽しかった。
だが、私は全盲の身ゆえ、下手に手伝うと返ってみんなが気を使い、やりづらそうにするし、二度手間にもなりえない。だからもっぱら客人のように甘えて、何もしていないのだが、やはり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だが、結果的にはいつも姉たちに甘えっぱなしである。
そしてお土産も沢山もらって帰ってくる。

今回はあいにくと雨に降られたどぶろく祭りとなってしまったが、飲むものはちゃんと飲んだ。それでよし!ただし、とんでもないオマケがついた旅となった。
実は義姉の地域はもうすでに寒いので、少し厚目のジャケットを持って行かないと風邪を引く。だから準備しておいた。
だが、着ていくには熱すぎるので、薄いジャケットを羽織って家を出た。
戸締り、火の元もOKと、玄関のカギをかった瞬間、あの準備したジャケットを部屋に置いたままにした事を思い出し、取に戻った。
ところが、部屋中を手探りで探しても、ない!「あれれ?」
今度は部屋の床を足探りで見てみた。だが、ない!
夫はとっくに階下の駐車場で車のエンジンをかけて待っている。
私はあせってきた。「あれ?なんでないんだ?あれれ?」とブツブツ言いながら探し回った。
でも出てこなかった。
もうあきらめて、薄手のジャケットで過ごすしかないとハラを決め、出かけた。
そして祭りから戻り、洗濯機に衣類を入れ、行く前に少し残っていた洗濯物と一緒に洗った。そして竿に干していったら、出てきた!あの厚手のジャケットが!
17日の出かける寸前に、帰った後に選択するつもりの衣類を入れた時、そのジャケットもなぜか一緒に突っ込んでしまったらしいのだ。記憶は全くない。
どぶろく祭りの楽しい思い出が一気に吹き飛んでしまった。
あーあ、相変わらずのドジ子さんだね。
こんな私ですが、明日からもまたヨロシクです。
Date: 2019/10/19(土) No.1376


conkoのオクトーバーポエムVol.17今日からブログは一休み
皆さーん、こんにちは!conkoです!
いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。
実は…。
今日は久しぶりに出かけてきます。
それで、毎日アップしてきましたブログもちょっとお休みします。

夫の姉が嫁いだ地域での「どぶろく祭り」が明日から行われるので、行ってきます。
もう40年間もずっと出かけている場所なので、みんな年を取っ手きました。
いつまで続けられる事やら、義姉もいい年になってきましたので、夫も気持ちが複雑とみえ、あまり迷惑にならないよう、「借りてきた猫」のような弟になっております。

ではでは、皆様、19日には無事に戻って参りますので、またお目にかかれますよう、宜しくお願い致します。

では、行って参ります。
Date: 2019/10/17(木) No.1374

No.1375 長谷川 義高 2019/10/17/12:42:14
気をつけて行って来て下さい


conkoのオクトーバーポエムVol.16生きていく義務?
人は命ある限り、どんな状況下にあろうと生きていかなければならない。
平凡な幸せの中で、笑ったり、泣いたり怒ったり…。
そのように不通に暮らせていけばよいが、何かの障壁にぶち当たったら、その人は「運」がどうのこうのとは言っていられないくらい、苦しさの中で、強く生きていかないといけなくなる。
我々はそう求められているのだ。

だが現実はこんな整った文章で書き表す事ができないくらい、大変な努力がいると思う。

今回の台風19号の被害に合った人たちも、必死になって生きようとしている。想像もつかぬほど、困難が次から次へと降りかかってくると思う。
それをどこかの誰かが「こんな程度で済んでよかった。」と言うような言葉を吐いたと聞いた。
なぜそんな言葉が出るのだろう。
その人は職業がら、まとまった数字でしか物事を扱ってこなかったからなのか、「全体」を見て「個」を見てこなかったのかも知れない。
きっと、観ようとさえしてこなかったのかも知れない。
一度でもいいから被災した現地へ赴いて、人々の暮らしを見て、一緒にその場の空気を吸ってくればいい。

もしそれができたら、あのような言葉は出せないと思う。
偉そうに言っている私も現場を知らないが、ニュースなどで被災地の声を聞くと、イメージはわく。
具体的なボランティア活動に参加する事は簡単ではないが、この私でもできる事があれば協力したいと思っている。
どんなものがあるのだろう。
苦しい状況の中で生きようとしている人たちに、何かお手伝いできる形はないものか。

嫌になるくらい、自然の猛威による災害を何度も我々は受けてきた。
これでもかと言うほどに、何度も、何度も。
その都度、頑張って復興しようと努力してきた。それなのにまた、である。
Date: 2019/10/16(水) No.1373

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