*--ありんこDiary--*

ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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conkoのほかほかご飯Vol.12災害保険に加入して…  2019/11/12(火)
conkoのほかほかご飯Vol.11シュールな風景に感激  2019/11/11(月)
conkoのほかほかご飯Vol.10熱い思いを持つ幸せ  2019/11/10(日)



conkoのほかほかご飯Vol.12災害保険に加入して…
今年も台風が大暴れした。各地に大きな爪痕を残して去って行った。私たちは自然を前にすると、手をこまねいて見ているしかないのか。
幸いこの周辺には大きな影響は出なかったが、私たち夫婦が住んでいるマンションも築後35年経っている。
私たちと同じくらい高齢化している。
来年はもっと大きな災害に見舞われるかも知れない。
そこで夫は考えたのか、保険会社とコンタクトを取ったようなのだ。
先日、固定電話の留守電に妙なメッセージが残っていた。
「損害保険会社の○○ですが、お留守のようですので、またお電話致します。」と。

やっと昨日になって夫は連絡を入れたようで、今日さっそくスタッフが我が家に来た。私も丁度、パソコン勉強会から帰って来たところだったので、詳しい話が聞けて良かった。
スタッフの男性は約一時間ほどリビングで丁寧に説明してくれた。
だから私にも一応は何を話しているかはイメージはついた。
リビングで夫と一緒に聞いているのに、いざ日にちが経つと、聞いた事をあれもこれも忘れてしまうんだろうな。
書類と名刺があるので、まあ大丈夫だろうと思うが、情けないかな、いざ必要な時が来ると、ほとんど内容を忘れていると思う。
いろいろと細かな点で決めごとがあった。聞いているうちは「ふん、ふん」とかなりわかったようなリアクションを見せたものの、きっと慌てふためくだろうな。

災害はいつ起こるかわからない。それに私たち夫婦にも益々の高齢化していく中、人としての崩壊がどう起きてくるかもわからない。
生命保険も、災害保険も一種のお守りのようなものかも知れない。
契約の説明が終わり、男性が帰ろうとした時に夫が珍しく、率直に「これで安心して暮らせます。」と彼の背中に言ったのだ。
「うん!そうだね。」と私も心の中でそう思った。
あってはならない災害である。だがいつ起きるかわからないのも災害である。
Date: 2019/11/12(火) No.1403


conkoのほかほかご飯Vol.11シュールな風景に感激
昨日までの二日間、とてもよい天気に恵まれた東京での世紀の瞬間!
全国から多くの日本人が、極めてシュールな風景を拝みに集まった。
最高の位置を確保すべく、前日から陣取っている人も何人かいたそうだ。
新天皇の即位の式典と、それを祝すパレードを自分の目で見る為に。
彼らの熱意には本当に脱帽である。私も関心はあっても、その地にまで足を運ばせるまではしない。いや、できない。
例え行きたくても、独りでは動けないし、誰かを介助に頼むとしても、簡単ではない。
ましてや夫に連れて行ってよと言ったところで、何一つ進展は見られないと思う。

それはさておき、メディアの解説とネットニュースの記事を合わせると、まあイメージは浮かんだ。
新天皇と皇后にはこれからの日本に輝かしい力となって君臨してもらいたい。
直接拝みには行けないが、メディアの話を聴けば、ただ家にいるだけの私にもシュールな感覚は伝わってきた。
“この日しかない”という事で足を運んだ人たちが数万もいたという。
その現実がうれしかった。昔の時代なら、天皇を崇拝する人たちが多かった事はわかるが、今の時代の若者や高齢の人たちにも心と体を動かせる力が天皇、皇后陛下にあるという事なのだ。
天皇の存在は日本にとってどんなイデオロギーにも関与しない、特別な世界観を持っていると思う。
これからも絶対になくさないよう、ずっと続いて欲しいと願っている。
政治で日本を見るのではなく、海外からもどう評価されるのかを、昔から言われている「日本の象徴」として存在し続けて欲しい。
もちろん、血の通った、人としての天皇であって欲しい。
時代と共に大きく変化してきた皇室。昔なら絶対許されなかったであろう、一般人によるフォト行為。スマフォが行き渡り、誰しもがインスタントカメラマンになっている。
撮っている彼らは一瞬、天皇がとても身近に思えたに違いない。
彼らにとっても至福の瞬間だったと思う。
お二人にはいつまでも健康で明るく、令和を生き抜いて欲しいと願っている。
式典には多くの有名、著名人が集結し、それぞれが自分の才を披露し、それぞれに祝意を表していた。その彼らもきっと至福のひと時だったろうと思う。
VIVA ニッポン!
Date: 2019/11/11(月) No.1402


conkoのほかほかご飯Vol.10熱い思いを持つ幸せ
今日はコーラスの練習日。よく使う会場とは違い、今日の練習会場はJR線も乗り換えて、なかなか慣れない駅名で降り、次はバスに乗る。ちょっと遠い。だがいつも一緒に歩いて会場まで行ってくれる友人が傍にいるので、一つも不安はない。途中でお昼も済ませて、会場入りした。だが本日は団員に知らせる事がいくつかあったので、心持緊張していた。

練習が始まる前にみんなに伝えておいた。
先月の27日に臨時で執り行った全体会議の議事録を印刷してもらったのでそれを配り、後は50周年記念コンサートの実行委員会を構成すべく、どれかを担って欲しいので、具体的な委員名を書いた紙を回覧して、名前を書き入れてもらった。
とりあえず暫定ではあるが。みんな協力的で本当に助かる。

議事録は、臨時会議の様子を録音したICレコーダーの声を聞き、文章に起こしたのだが、けっこう記憶に薄いものもあった。
それでほぼ完ぺきに可視化したものを一人の団員にデータ送信し、その人が印刷してくれた。30枚も!
あの臨時会議の時、ある男性団員が語っていた事が私には気になるものがあった。
かれは視覚障害者の団員から個人的にボランティアをやって欲しいからと入団を促されたそうだ。それまでにはあまり視覚に障害のある人とは接触がなかったので、どう付き合っていけばいいのか考え込んでしまったという。
確かにそれはわかる。慣れていないとどうしてよいのかイメージができないのだ。それは誰にでも言える。
それを解決するには互いの対話が必要だと思う。
そして時が経って、少しずつ要領がわかればもう大丈夫だと思う。
この合唱団は他に類を見ないグループなのだ。
晴眼者と視覚障害者がどうすれば共に折り合って行けるのかを他の人たちにもどんどん知らせていけば、世の中もっと生きやすくなるのではないだろうか。
晴眼者と視覚障害者とをA組とB組にわけるのではなく、もっとミックス状態になって、互いにできる事をできる人がやっていけば、過度の依存という問題もなくなると思う。
もっと話し合って、如何に楽しく、うまくやっていけるか、それだけを互いに考えて、実行していけばいいのだと思う。
やってもらいっぱなしだと、どうしても気持ちの負担が増すだけで、いい事はない。
対話が十分に保たれれば、“障害者はお荷物に過ぎない”という意識から解放されると、私は思うのだが、どうだろう。
Date: 2019/11/10(日) No.1400

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。