--ありんこDiary--Donaldのらくがき帳--


ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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高賀神社のご神水と円空仏  2017/09/01(金)
先輩パソボラTさんに深謝  2017/08/15(火)
パソコンボランティアへの道  2017/08/01(火)
木曽岬(きそざき)温泉―温泉愛好家の穴場  2017/07/15(土)


高賀神社のご神水と円空仏

 
我が家では10年来、高賀のご神水を愛飲している。地下50メートルから湧出する
超軟水は夏でも冷たく、癖がなくまろやかで美味しい。便通にも良い。
もったいないので炊飯や調理用には水道水を使い、お茶やコーヒー、特に寝起きの一杯(500cc)に
高賀水を愛飲している。
 今は亡きTYさんも愛飲家の一人だった。毎週勉強会で2リットル(l)のペットボトル3本をお渡ししていた。
彼女は「いのちの水」と称し寝起きの冷水一杯と、ブルーマウンテンコーヒーのやわらかな味と高い香りを
毎日楽しまれておられた。

 オリンピック金メダリストのマラソン ランナー高橋尚子さんが、シドニー オリンピックに高賀水を持参し
優勝したニュースが報じられ、一躍有名になった。同神社のパンフレットには、「年間20万人以上の人々が
神水庵に集まる」と記されている。
 「料金」ならぬ「初穂料」は、20lポリタンク2個当たり100円をご神納する。
多くの方が20lポリタンクで持ち帰り、自宅で2lのペットボトルに小分けし、冷やして飲まれているそうだ。
 ポリタンクの蓋を硬く閉めて暗所に保存すれば、半年ほどは変質せず味も落ちない。
防災用水としても重宝している。

 当市からは22号線で岐阜市を抜け、洞戸(関市)を目指してひたすら256号線を
板取川沿いに北上する。道の駅「ラスティンほらど」を過ぎれば、ゴールは近い。高賀口で右折し、
高賀橋を渡り川沿いに上れば、間もなく神水庵の駐車場に入る。
我が家から55Km、約1時間40分の緑溢れる山道ドライブを楽しめる。

 神水庵から3Km程登れば、高賀神社の大鳥居が見える。高賀神社は奈良時代の創建である。
平安時代に村上天皇の勅命を受けた藤原高光公が、高賀山中に棲み村人に危害を加える妖魔「猿虎蛇」を
退治したと伝えられる。
 
 円空ゆかりの円空記念館が神社に隣接している。展示仏は多く、円空仏愛好家必見の場所である。
もう何年か前TYさんをお連れした時、館長さんのご厚意で円空仏に触れさせて頂き、
感激したことが有った。
その後昼食に立ち寄ったやな場の落ち鮎の味とともに、忘れられない思い出である。

 かつて行基や円空が行きかったと思われる高賀神社へと続く道は、今も「高賀いやしの里」として、
訪れる人びとを伝統と神話の世界へいざなってくれる。    
以上
Date: 2017/09/01(金) No.32

先輩パソボラTさんに深謝

 
Tさんに教えを請い始めて、もう20年になる。
初めての出合いは、平成10年3月に開催された「なごや福祉用具プラザ」のパソボラ養成講座
(計3日)だった。
同プラザ開設に当たり、障がい者のPC活用を支援するボランティアを養成する狙いだった。
定年後視障者のPC学習支援を考えていた小生には、渡りに船であった。

 同氏は5歳年上であるが、仕事上(DTP:Disk Top Printing)PCに付いての知識と技術力は素晴らしい。
人間的にも良く出来た方で、親切にいろいろ教えて頂いた。
上記講座受講後は一緒に同プラザのパソボラとなり、障がい者のPC相談にのったり、
要望に応じて自宅訪問支援も行った。
 
 ある時同氏と一緒に伺ったお宅で、ショックを受けた。Tさんと依頼者(視障者)との会話が
まるっきり理解出来なかったからである。まるで宇宙語の飛び交う世界だった。
「一旦パーティションを開放し、ドライブを切り直す」、「DOSでフォーマットし、リネームする」、
「DOSコマンドを打ち込む」等々、Windows世代育ちの身には、1世代前のOS「MS−DOS」の世界は
まるでチンプンカンプンだった。
 世は既にWindows3.1から95へ移行の時代であったが、視障者のPCは未だ以前のMS−DOSが
多く使われていた。
「今後Tさんにくっついて行き、勉強させて貰おう」とこの時密かに決意した。

 こうして1年間のパソボラ経験と同氏の支援を基に、H11年1月「ありんこ」を一宮市に創立した。
勉強会場は思いやり会館4階のボランティア ルーム(当時)だった。
1年前にヒアリングをさせて貰った視覚の方4人に参加頂いたが、彼らとの約束が何とか果たせて嬉しかった。

 当時PCは白黒が主流で、価格はノートPCが30万円、カラーが50万円近くした。
Tさんが組み立ててくれたディスクトップPC2台を寄贈して貰い、会員にもなって頂いた。
また視障者用ソフトの使い方や技術トラブルの修復を助けて貰い、大変助かった。


ありんこを退会された今も、技術問題への的確なアドバイスにいつも感謝している。
PCのみならず人生の先輩としてまだまだ教えて頂く事は多く、月1回のランチミーティングを
楽しみにしている。益々お元気で長生きされる様、蔭ながら祈っている。
                                                  以上
Date: 2017/08/15(火) No.28

No.29 conko 2017/08/15/10:57:58
お邪魔致します。いつもお世話になっておりますconkoです。
当時の貴兄とTさんとの出会いが今の私たちを作ってくださったのだなとしみじみ、人のつながりに感謝!!

No.30 きくちん 2017/08/15/12:04:29
進んでますね。ありんこ設立の経緯が知りたいという、わたくしめのリクエストにお応え頂き、ありがとうございます。
興味深く拝見しています。

No.31 Donald  E-Mail 2017/08/17/13:32:12
ご訪問と励ましのお言葉、有り難うございます。
「設立時の経緯を書いては?」との貴重なアドバイスに感謝しています。

また、あるASK20メンバーから「途中入会なので、20周年と言われても有り難みが薄い」と聞きました。
多くのメンバーが同感されるだろうと思います。
 
 矢張りありんこ設立の経緯や創世期(?)の状況、これまでの大きな出来事、特にお世話になった方々など、今後の継続・発展のため記録を残すのは、立ち上げ人の責任でもあると考えます。
力不足ながら、本年末まで書き続ける積もりですので、時にはまたエールを贈って下さい。
有り難うございました。
                  以上

パソコンボランティアへの道

 
ふれ愛観音さまに導かれて定年後の生き方が定まったが、目の不自由な方々のために、
具体的にどうお役に立てるのか分からなかった。
ボランティア講座に参加したり、ボラ関連の本を読んだりしたが、今ひとつ実感に乏しい。
下記条件を満たす活動を探していた。
視障者のお役に立てること
好きなパソコン(PC)を活用できること
地元一宮市で活動できること

 当時勤めていた会社には点訳奉仕グループがあり、PC点訳をやっていた。関連資料を読ませて頂いたが、今ひとつピンと来ない。点訳がどこまで必要とされているのか、確信が持てなかった。
それなら当事者の話を聞かせて貰おうと、つてを辿り視覚障がいの方4名に集まって頂いた。

「今困っておられることは?」、「どんな支援が必要か?」、「点訳ボランティアをどう思うか?」に付いて、
率直な意見を聞かせて頂いた。
 返って来た答えは意外だった。「点字の読める視障者は1割もおらず、点訳ボラの方が多い」、
「急な外出を支援してくれる人が欲しい」、「PCを覚えたい」・・・。
 PCで何をしたいかを問うと、「仲間の名簿を作ったり、趣味の川柳を墨字(印刷)で新聞に投稿したい、
町内会のお知らせを作りたい」等々、PCの用途は様々である。
そこで1年待って貰える様にお願いし、パソボラの勉強を始める事にした。


 そんな時運良く、「なごや福祉用具プラザ」がパソボラ養成講座を開催するとのニュースが入って来た。
平成10年3月だった。毎週日曜日3回、各種障がいとコミュニケーション、視障者用ソフト、
パソボラの役割等々を勉強した。特に音声PCとの出合いは、カルチャ ショックだった。
受講後同プラザのボランティアとしてPC支援の実務を勉強させて貰った。
この経験が地元でのPC学習支援グループ「ありんこ」立ち上げの礎となった。


同年11月一宮市社会福祉協議会主催の視障者ガイドヘルパー養成講座が催され、即申し込んだ。
白杖歩行支援や視覚障碍者体験を2日間受講したが、その体験と支援方法は今のありんこ活動に
少なからず役立っている。
その後視障者の外出支援グループ「サークルアイ」に入会させて貰ったが、
当時現役の身には要望の多い平日の活動が出来ず、機が熟するのを待つ事にした。
 平成11年1月同グループの中にPC学習支援グループ「ありんこ」を新設させて貰い、
日曜日にささやかな勉強会を始めた。1年前にヒヤリングさせて頂いた視障者4名との出発だった。


 世はPCの黎明期であり、一般の人でもPC学習には心理的抵抗が有った。
ましてや視障者のPC使用に対しては、「そんな必要はない!」、「どうせ出来っこない!」等々、
冷たい逆風が吹きすさんでいた。
 高額なPCと完成度の低い視障者用ソフト、不十分な技術知識と問題解決の技術力、
初めての学習支援等々、様々な課題を抱えての出発だった。

そんな中で支援してくれた有り難いボラ仲間たちに付いては、次の機会に記すことにする。
まずは、幼いありんこ丸の船出だった。そして18年後の今も、その航海は続いている。                     
       以上                              
Date: 2017/08/01(火) No.27

木曽岬(きそざき)温泉―温泉愛好家の穴場


6月のある日曜日家内のお供で、久しぶりに木曽岬温泉を訪れた。
いつも混んでいる尾張中央道と23号線は雨の日曜とあって、予想以上に空いていた。
我が家から約37Km、1時間余のドライブである。
 この温泉は昭和35年畑の中に突如出現した。今は対岸の長島温泉にお客を取られ見る影もないが、
500人収容の舞台付き演芸場が往事の賑わいを物語っている。
「つわものどもが夢の跡」である。


 この温泉の特徴は湯質が素晴らしいことだ。単純アルカリ泉であるが、
地下1600mから汲み上げる源泉は63度ある。
貯湯塔に一旦汲み上げ、男女両浴室にパイプで引き入れている。
高さ2m程の滝から両湯槽に落下させ、約45℃に湯温を調整している。
砂利風呂、サウナは約50度の熱さを保っている。

源泉に全く加水していないため、そのまま飲用可能である。
カルキ(消毒薬)を加えて湯を循環させ、「かけ流し」と呼称する温泉もあるとの事だ。
当湯は純粋のかけ流しであり、脱衣場には三重県知事名の「飲用許可証」が掲示してあった。
飲用の可否が「かけ流し湯の真偽」を見分ける簡易法だそうだ。


 施設はお世辞にも立派とは言えない。大広間は照明も不十分で薄暗い。
トイレは便器が壊れているのもある。浴室の床はヌルヌルで滑りやすく、注意が肝要だ。
 缶ビール等の飲料以外、食べ物は一切販売されておらず、持参が必要だ。
そのため持ち込み、飲食は一切自由である。
入場料は大人一人600円。朝は10時から夜8時まで。
食べたり、呑んだり、寝転んだり、終日のんびりできる。
水曜定休日で、毎日曜日午後は演芸付きである。
 本物の温泉好きにとって、名古屋近郊での穴場である。
真夏時の冷房は効き不足のため、避けた方が良さそうだ。


長湯好きの家内に付き合う為、出かける時には入浴用具と弁当の他、枕や寝袋、ノートPC、書籍、
ICレコーダー、A4白紙等を持参し、長期戦に備えている。
10時に到着後早い昼食を摂り、二手に別れる。4時に再会し、家路に就くのが標準コースである。

住所:三重県桑名郡木曽岬町大字源緑輪中、☎ 0567-68-1131
                                      以上
Date: 2017/07/15(土) No.26

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