--ありんこDiary--Donaldのらくがき帳--


ICT機器活用サークル「ありんこ」のメンバーブログです。
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ふれ愛観音さまとの出逢い  2017/07/01(土)
帰ってきたココア(さくら猫)  2017/06/15(木)
生かされている”いのち”  2017/06/01(木)
家族パーティ  2017/05/15(月)


ふれ愛観音さまとの出逢い

 
若い頃の趣味のひとつは、名庭園を観て歩くことだった。土曜日になると、
名古屋発の準急「比叡」に飛び乗り京都のお寺に通っていた。
 
多くの寺院の庭を拝観する内に、いつしか奉ってある仏様に魅せられる様になった。
仏教や仏像関係の本を紐解く内に出合ったのが、仏師西村公朝師である。

 同師は東京芸術大学 彫刻科を卒業後、美術院国宝修理所に入所、仏像修理の道に入られた。
京都・三十三間堂の十一面千手観音像の修理等、多くの古仏修復に携わってこられた。
同師の講演を聴いたり何冊かの著書を読むにつれ、益々傾倒して行った。
同師の解説書を携え、京都や奈良、近江の古寺を訪ね歩いたのは、懐かしい思い出である。
 晩年に得度、天台宗の僧侶となられた。その後京都・愛宕念仏寺(愛宕寺)の住職になられ、
同寺の復興に当たっておられた。
 

 二十数年前のある晩秋の土曜日、一人念仏寺を訪れた。境内に並んでいる千二百羅漢を拝むためだった。
苔むした石像羅漢群は圧巻だったが、思いがけない観音さまに出逢う事になった。
 境内を上ると小さな観音堂が有り、青銅製の小ぶりな観音座像が微笑んでおられる。
通常仏様は高さ1メートル程の須弥壇と蓮華台上にあり、合掌し見上げながら視線を合わせ拝む様になっている。しかしこの観音さまは床上に直接安置され、誰もが触りながら拝むことができる。
 こんな観音さまはこれまで見た事がなく、不思議に思い周りを見回したところ、
小さな説明文が掲げてあった。
「日本には幾千体もの観音さまがおられるが、目の不自由な人が触って拝める像は一体もない」
「目の不自由な人たちが心の目と手で仏に触れ、縁を結んでもらうために造りました」と記されていた。
これを読んだ時胸に迫るものがあり、恥ずかしながら涙が止まらなかった。
 
 定年後は「目の不自由な方のお役に立とう!」と、この時密かに決意した。
天から与えられた使命「天命の気づきと覚悟」が定まった、観音さまとの運命の出逢いであった。
そして今「ありんこ」での障がい者支援は、19年目を迎えている。

 ふれ愛観音さまのレプリカは全国60カ所に奉られているが、一宮市では丹陽町の長福寺観音堂で
ご縁を結んで頂ける。
                       以上
Date: 2017/07/01(土) No.25

帰ってきたココア(さくら猫)

 
ココアは我が家に居着いた野良猫である。家族はもちろん、孫の仲間や隣人達にも可愛がられている。
詳しくは3月15日付けブログをお読み下さい。

 先週初めふいに姿を消し、我々を心配させていた。
家内は「ココア!」「ココアどこにいるの?」と悲痛な声で、近くの田畑や神社の中を探し回っていた。
寝所を提供している近所のY夫人は毎朝、「帰って来た?」と訊きに来られた。
「仕事から帰ってくると、玄関前の赤いマットに座り『ニャー!』と迎えてくれるのが嬉しく、いやされる!」
とのことだ。

「なぜだろうか?」と考えながら数日が経過し、皆が殆ど諦めていた。
a. どこかへ出かけ、迷って帰れなくなった(迷い猫)
b.誰かに連れ去られた又は、どこか遠くへ捨てられた(誘拐・遺棄)
c.事故に遭ったか、殺されたか(交通事故、殺害)
d.死期を悟って姿を消し、どこかで冷たくなっている(自然死)


 ある日曜の朝、暖かい太陽と新緑に誘われて、ウオーキングに出かけた。
隣部落を過ぎ、名鉄犬山線の踏切を越え、交通量の多い岩倉街道を横断し、樹脂工場の裏道に入った。
人影のない道をしばらく歩いていると、茶色の猫が目の前を横切り側溝に逃げ込むのを見かけた。
あわてて走り寄り「ココア、ココア!」と呼ぶと、「ニャー、ニャー」と応える。
 痩せて薄汚れてはいるが、目が青く耳に切り欠きが有り、まぎれもなくココアだ。
ウオーキングを即中止し、家内に電話し、車で迎えに来るように依頼した。
お陰で無事に連れ帰ることができ、我が家に喜びの声が広がった。


考えてみると不思議な偶然が重なっている。
 1.我が家から歩いて25分、約2キロの距離は、猫の行動範囲外である(距離)   
 2.久しぶりのウオーキング、日時を決めず気ままに出かけている(時機)
3.いつも五条川の左岸遊歩道を歩いているが、今日は右岸の裏道に入った(場所)
 4.付近に民家はないが、一体何を食べて生きていたのだろうか?(生存)  
 
ココアの魂が呼んだのか、不思議な絆とご縁(宿縁)に導かれて、我が家に戻って来た。
まずはめでたし、めでたし! おしまい。
Date: 2017/06/15(木) No.24

生かされている”いのち”

 
なかなか治らない両足の痛み治療の為、ホームドクターからK病院の整形外科をご紹介頂いた。
脊椎管狭窄症の検査時に腎臓腫瘍が発見され、左腎臓摘出手術を受け12日間入院した。
生まれて初めての入院生活に、様々な戸惑いや思い、気づきが有った。
これはH26年12月に受けた手術と入院生活の感想である。

・格子なき牢獄
  行動の束縛は辛い。今まで行きたい処へ行き、食べたいものを食べ、好きな時にTVを観たり、
  入浴したり、パソコンの前に座っていた。こんな当たり前の事が当たり前では無く、実は大変
  恵まれている事にまず気づかされた。大病院大部屋での入院生活は、大幅な行動制限と窮屈且つ、 
  退屈な日々である。
  大部屋はパソコン禁止だが、ナースの目をくぐって持ち込んだノートPCに、モバイルルーターを付けメール 送受信をやっていた。パソコン依存症の自分を痛感させられた。
 次回入院するなら個室にしよう!

・家族の温かさと有り難さ
 埼玉県から80歳近い姉が足の痛みをおして来てくれた。また孫達8人から、励ましの手紙・
 メールやお守りが届いた。最も感謝しているのは、毎日欠かさず見舞ってくれた家内の支えで
 ある。

・「生かされている」ことへの気づき
  悪性腫瘍が腎臓内部でひそかに成長していた。両足の痛み以外、何の前兆も自覚症状もなく、 
  密かにがんが増殖を続けていた。
 整形外科での血液造影剤検査の画像から腎臓腫瘍の疑いを見抜き、泌尿器科での受診を指示 
 して頂いた主治医に感謝の言葉もない。
 またCT腎臓造影ダイナミック スキャンから内部腫瘍を見つけ、左腎臓を摘出頂いた
泌尿器科のS医師に命を救って頂いた。幸い他臓器への転移はなかったが、「転移寸前であり、本当に幸運だった!」と、同執刀医から漏れ聞いた。
 
内視鏡を使っての腎臓摘出手術の為、傷も小さく治りも早かったが、難しい高度な手術だったと聞く。
「死ぬのは未だ早い」。「世のため、人のために生きろ!」との天意なのだろう。

 あれから2年半経つが、幸いその後の経過は順調だ。無理は出来ないながら、
日常生活上特に支障はない。
相変わらず足と腰の痛みは残っているが、薬のお蔭で我慢できる程度だ。
ただ、左腎臓を失ったせいか重量バランスが崩れ、無意識のうちに右に傾きながら歩いている。
イヤー失礼! それは冗談・・・。薬の副作用でした。
                                           以上
Date: 2017/06/01(木) No.23

家族パーティ


つい先日、家内の誕生祝いと小生の退院祝いを兼ねて、家族パーティを催した。
4家族計15名が我が家に集まってくれた。小学1年から高校2年まで計8名の孫と、その親たちである。
一番遠いのは鈴鹿市に住む次女で、小学生の孫娘3人を連れJRで来てくれた。
長男一家は同一敷地内に住み、長女一家は隣村(?)に住んでいる。
 それぞれが小さなプレゼントを持ち寄ってくれたが、一番嬉しかったのは小学4年生の孫娘が画いた2枚の絵だった。
色鉛筆で爺婆の顔を画き、それぞれの背景にお祝いの言葉が入っている。
小生の絵には「退院おめでとう」の文字と、背景に赤十字マークの付いた病院が描き込まれているのは微笑ましい。
幼い絵ながら、どれだけの時間と思いを込めてくれたのかを考えると、今さらながら愛しさがこみ上げてくる。

 孫達は年齢がうまくばらけており、中学生の女の子達はもちろん、高校生や中学生の男の子も、小学生3人の女の子達を妹の様に可愛がってくれる。
いろいろなゲームをしたり、スケボードや一輪車に乗せたり、家の内外を走り回っている。
座敷でビーチボールを蹴って遊ぶ結果、障子はビリビリに破れ、
蛍光灯の笠はバラバラになっているが、爺婆は叱らない。「楽しければ良い!」、「普段出来ないことをやれば良い!」と壊れるのは覚悟の上である。

 家の内外で子ども達の歓声や笑い声が聞こえて来るのは、嬉しいものだ。
日頃爺婆だけの静かな暮らしに活気を与えてくれる。
これだけ大勢の家族が思いを同じくし、集まってくれる幸せを感じる。これも家内が孫達に「優しさと、
思いやり」という素晴らしい財産を残してくれているからだとあらためて感謝の念を覚える。

とは言え、彼らの滞在中朝昼晩と常時8−9人分の食事を用意するのは、
70歳を過ぎた婆にとってはしんどい。
「孫が来てくれるのは嬉しい。しかし帰る時はもっと嬉しい!」
とは、自称「飯炊き婆」の独り言である。贅沢な悩みかもしれないが・・・・。

今年は天候の遅れから、例年この時期に熟する庭のサクランボが間に合わなかったのは、全く残念である。
                            以上
Date: 2017/05/15(月) No.21

No.22 コバちゃん 2017/05/15/21:36:22
 孫 いつも静かな我が家でもゴールデンウイークはにぎやかだった。
歌の文句ではないがどうしてこんなにかわいいのか

やることなすことすべてに癒される爺は嫌われない内ようにするだけで、
婆は、食事、洗濯、等におおわらわ それでも笑顔が絶えない日々

いざ帰えれば火の消えた静けさが待ち受けえる会話の少ない毎日が
写真を整理しパソコンで思い出している今日この頃です

 家族のやさしさと思やリ孫のあどけなさこの健康がありがたいです。
  

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このプログラムは上記のCGIを改造したものです。